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風と砂と水が伝えたこと 〜サハラのハジ家100年の回想録〜

アーメッド・エル・ハジ・ベン・モハメッド・ハマジ著
大月美恵子訳・編集・脚注


「ハジさんちの家族史は、そのままアルジェリア・サハラの変遷史ですよ。ぜひ埋もれさせることなく、残してもらわなければ。」
沙漠研究一筋に歩んだ地理学者、故小堀巌教授は生前口癖のように、こう言っていました。
 ハジさんは、小堀教授の半世紀来の現地パートナー、方々のオアシスを案内してまわった、いわば沙漠という海の水先案内人です。一家のルーツは、お祖父さんがマリでトゥアレグ族に捕えられ、アルジェリアの沙漠の町アウレフに奴隷として売られてくるという、壮絶な事件に始まります。
 一家はその後、フランス軍の進軍、植民地統治下での近代化、何度かの飢饉、原爆実験、アルジェリアの独立、等など、この約110年の間にサハラで起こった全てのことを目撃しつつ、屋根の下では誕生・死別・結婚・様々な祭礼を世代から世代へ伝えてきました。
 一家は今では、ハジさんの曾孫も生まれ、初代のハマジからすると実に6世代を数えます。また、ここに書かれた通過儀礼や祭りの多くは、おそらく他所では記録されていない貴重なものです。
 ハジさんは小堀教授との約束を守り、素晴らしい家族史を完成させてくれましたが、私たち周りの人間の怠慢で、同教授の生前に、これを発表するまでに漕ぎ着けられなかったのが、返す返すも残念でなりません。


第Ⅰ部 ハマジ家の起源(1880年代〜1949年頃)

 
第1章 祖父の時代 :1880年代〜1900年代 人狩り:ハマジ少年奴隷商人に捕まる

 
第2章 ハマジの子から孫へ :1910年前後〜1940年前後 領主アーメッド・ダーハの最期

 
第3章 幼少期 :1939年頃〜1945年頃(2〜8歳) 飢饉の思い出

 
第4章 幼少期T :1947年頃〜1949年頃(10〜12歳) 子供心に憤りを覚えた話

 
第5章 幼少期U :1947年頃〜1949年頃(10〜12歳) ロバに蹴られる

 
第6章 幼少期V :1947年頃〜1949年頃(10〜12歳) ぐれてタレブに折檻される


第Ⅱ部 外界との邂逅(1949年〜1953年)

 
第7章 遅い小学生時代T :1949年頃〜1952年頃(12〜15歳) 人種差別:黒人とアラブ人

 
第8章 遅い小学生時代U :1952年夏(15歳) フランス留学

 
第9章 遅い小学生時代V :1952年夏(15歳) 初めての列車旅、アルジェへ

 
第10章 遅い小学生時代W :1952年夏(15歳) ついにフランスの地を踏む

 
第11章 遅い小学生時代X:1952年夏〜1953年夏(15歳〜16歳) 名残惜しい日々、帰路に就く


第Ⅲ部 結婚、子供たちの誕生(1953年〜1962年)

 
第12章 青年期T :1953年〜1955年前半(16〜18歳) 白衣修道会の訓練所へ

 
第13章 青年期U :1953年〜1955年前半(16〜18歳) 置き去りにした運転手に一泡吹かせる

 
第14章 青年期V :1955年後半〜1956年(18〜19歳) アウレフでの無為の日々

 
第15章 結婚騒動T :1957年〜1959年(20〜22歳) フランス軍隊長の通訳に任命される

 
第16章 結婚騒動U :1959年(22歳) 微かな変化の兆し

 
第17章 フランス領時代の晩秋 :1960年頃〜1961年(23〜24歳) ソーシャルワーカーとして活動する

 
第18章 アルジェリアの独立 :1960年〜1962年(23歳〜25歳) 第一子誕生


第Ⅳ部 新生アルジェリアの教師として(1962年〜1981年)

 
第19章 国造りの苦しみ :1962年〜1973年頃(25〜36歳頃) 農業指導員から教師に

 
第20章 沙漠の洪水(前編) :1965年(28歳) 概要

 
第21章 沙漠の洪水(後編) :1965年(28歳) 外部へ急を知らせる