長谷川 善郎 オオコシセキュリティコンサルタンツ顧問
私は伊藤忠商事で1979年から83年の4年間、アルジェリアの首都アルジェに駐在し、その後、エジプト駐在時代は、内戦状態にあったアルジェリアをカイロから見ていた。98年からは本社の海外安全対策室長として、アルジェリアに駐在する社員の安全対策にも当たった。2010年から現職にあるが、アルジェリアを紹介するウェブサイト「日本・アルジェリアセンター」の編集スタッフも2001年から務めており、私とアルジェリアとの関わりは、30年以上になる。
1月16日夜のニュースで、「アルジェリア南部のプラント建設現場で働く日本人5人が、イスラーム反政府勢力により拘束されたとみられる」との報道に接して、私は「大変なことが起きた」と突然の事態に緊張した。すぐ情報収集に取りかかり、「現場はアルジェリア南部のイナメナスである。拘束された人々の中に日本の大手プラントメーカー社員も含まれる。犯行グループはイスラーム過激派である」ことなどを知った。
正直、今回の事件が発生するまで、アルジェリア南部の荒涼たるサハラ砂漠の真ん中に位置する石油・ガス施設が、イスラーム過激派の大規模テロに襲われるとは予想していなかった。
施設の周囲は軍に護られ、施設内は欧米オイルメジャーの危機管理部門の下で民間警備会社が警備に当たっているケースが多いことから、安全性は高いと判断していた。アルジェリアの内戦は1992年から約10年間続いたが、その期間中も、またそれ以降も施設がテロリストに襲われたことはなかったからである。
アルジェリアにおけるテロの犠牲者数(日本大使館調べ)をみると、2002年873人、05年278人、08年257人、11年152人、12年89人と推移し、近年はテロリストの活動が大幅に低下している。そうした状況のなかで、今年1月11日、フランス軍が内戦状態のマリに軍事介入した際には、マリ北部を拠点とするイスラーム武装勢力の「アンサール・ディーン」が、「全世界のイスラーム圏に住むフランス人は代償を払うことになるだろう」との声明を発表したものの、当時はアルジェリア南部の石油・ガス施設がその報復テロの対象になるとの見方はほとんどなかった。
危機管理の専任者設置を
今回の事件は、1996年に発生したペルー大使公邸人質事件、2001年の米国同時多発テロ事件に続く、日本企業が海外で巻き込まれた大規模テロ事件である。現在アルジェリアに進出している日本企業は約15社であるが、武装勢力がさらなるテロ攻撃を警告したことから、進出企業は施設の安全総点検や、出張者の一時受け入れ停止などの措置をとった。事件を契機に、グローバル展開している日本企業では、海外の危険な地域でのビジネス取り組み方針、社員と施設の安全対策、危機管理体制などの見直し作業を行ったところが少なくない。
アフリカでは、今回事件を起こした「イスラーム・マグレブ諸国のアル・カーイダ(AQIM)」のほかにも、ナイジェリアの「ボコ・ハラム」やソマリアの「アル・シャバーブ」などのイスラーム武装勢力が周辺諸国にも進出して地域の治安悪化を招いているが、イスラーム過激派の活動は、中東、アジア、CIS諸国などでも顕著に見られる。
それでは、企業が危険な地域でビジネス展開を図る場合、アルジェリア人質事件を踏まえて、今後どのように危機管理に取り組んだらよいかである。第1に、リスクに対する抑止力を高めることである。賊に攻めづらいとの印象を与えることが防犯の基本である。企業は本社に危機管理の専任者を置くことが望ましい。専任者は企業が有事に見舞われることを想定して予防対策に当たる。リスク情報を収集し、判断を加えて、それにもとづき国内・海外の関係者と意見交換を行うことにより、関係者のリスク感度が高まり、危険な兆候にも気づきやすくなる。
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施設の防犯チェックも行い弱点を補強する。警備システムの導入ができないかも検討してみる。リスクマネジメントのPDCA(PLAN(計画)−DO(実行)−CHECK(点検・評価)−ACT(調整・改善)の実施は、継続的な改善活動を促す点で有効である。
PLANに当たっては、たとえば、施設に対してイスラーム過激派による襲撃の可能性がある場合、「襲撃方法を想定した施設の警備強化」をPLANとする。DOは、軍が全面的に行う場合でも、企業は「警備がスキなく行われているか」のCHECKを行い、不十分な点は、ACT(改善)に繋げる。危機管理部署は、トップマネジメントにACT内容を報告して決裁・指示を受ける。そして再度、次のPLANを策定してこの仕組みを繰り返す。
PDCAは、トップマネジメントが直接関与する全社活動であり、リスクに対する危機管理のレベルアップが期待できる。
リスク意識と情報ネットワーク
第2は、社員のリスクに対する意識を高め、維持を図ることである。海外に出張や赴任する社員に対して、安全対策の研修を受講することをルール化する。危機管理マニュアルも作成して、周知・徹底を図る。研修には、危機に遭遇した時の対処要領も含ませる。例えば、異常を察知したら、「逃げる」「隠れる」「抵抗しない、あるいは(賊と)戦う、交渉する」の手段を知っておけば、危機に冷静に対処できる。
また、誘拐やテロに遭遇した場合の対応について、危機管理会社などの指導を得て、模擬訓練を行うことも有事に役立つだろう。今回の事件では「日本人はテロの標的になったか」の議論があるが、私は、テロの標的ではなく、武装勢力が身代金奪取のために外国人である日本人も利用しようとしたと推測する。その観点からのリスクに応じた保険の手当ても、企業は検討する必要がある。
第3は、連携のネットワークを構築することである。他社との情報交換ネットワークにより入手できるさまざまな情報は、自社の危機管理の整備・改善に大いに役立つだろう。また、在外公館が進出企業との間で開催する安全対策連絡協議会は、進出企業に最新の治安情報を提供し、安全対策を話し合う場にもなっている。そして危機管理面で不足・不十分な点は、危機管理会社などの情報やアドバイスを利用することも有効な対策になるだろう。
今回の事件を契機に、危険な地域で活動する日本人や日本企業の安全確保に向けた官民の協力策が模索されている。地域のリスク情報対策、人・施設の安全予防対策、有事の際の緊急避難対策などのそれぞれにつき、政府の適切かつ具体的な支援措置が望まれる。
はせがわ・よしお
伊藤忠商事でアルジェリア、エジプトに駐在し、中近東での企画・開発業務に従事。1998年より初代海外安全対策室長。社外では05年−08年(社)日本在外企業協会海外安全部会長、07年6月−10年3月日本規格協会ISOリスクマネジメント規格国内ワーキンググループ委員などを歴任。
2010年3月伊藤忠を退職し、現職。海外安全・危機管理の会代表も務める。
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