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【追悼】柿沢さんの思い出

2009年2月
小堀 巌

 宇都宮徳馬会長亡きあとの日本アルジェリア協会の会長、国会のアルジェリア議員連盟など、アルジェリアと日本との間に立って活躍された柿沢弘治元外務大臣が亡くなられた。
  何時お目にかかっても青年のような美しい眼で微笑みながら語りかけてこられる柿沢さん(親しみを込めてさんと呼ばせて頂く)と私たちはもうアルジェリアを語ることができない。まことに無念、寂しい限りである。

 柿沢さんは1969年に始めてアルジェリアを訪ね、その後、何回となく訪アを続けていた。若い頃、大蔵省から外務省に出向され、在ベルギー日本大使館に勤務された経歴から分かるように柿沢さんは語学に堪能で国際感覚豊かなそして官僚臭のない下町の支持者にも好かれている政治家であった。 その積み重ねた体験と教養を活かし、短期間ではあったが外務大臣という適役を見事にこなされたのは私たちの記憶に新しい。

 柿沢さんはJACのホームページに寄せられた文章のなかでアルジェリアの重要性を三つのポイントにまとめておられた。

  1. アルジェリアは常にアラブ・アフリカ諸国のリーダーである。
  2. アルジェリアは経済の面では石油や天然ガスをはじめとする天然資源の宝庫である。
  3. アルジェリアは文化の面では地中海文明の一環としての長い歴史をもつと同時にサハラ以南アフリカの文化との一つの交叉点にもなっている。そのため日本との学術文化交流が重要である。

 柿沢さんはアルジェリア関係の会合には何時もお元気な姿を見せておられて三田のアルジェリア大使館で行われた故渡辺伸大使の「アルジェリア・危機の10年」の出版記念祝賀会、アルジェリア大地震の義捐金の贈呈式などの折のスピーチは簡にして要を得、何時も心のこもった暖かいものであった。
  又、2004年の暮れにブーテフリカ大統領が来日された折、ベンジャマ大使との素晴らしいチームプレイで大変厳しい日程を縫って帝国ホテルの懇談会の設定を実現された。柿沢さんのアルジェリア側との親密な信頼関係の一例である。

 アルジェリアばかりでなく晩年には日本リビア友好協会の会長を務められた。 約60名の日本の各界代表が革命17年の記念式典に招待された折、カダーフィ大佐をつかまえて代表団との会談を実現させたのも外交手腕のある柿沢さんであった。また、議員時代の秘書の一人がフランスの青年であったことは良く知られているが日仏の諸方面での交流にも力を尽くされていた。 昨年、某アラブ国のパーティーでお目にかかった折、少し疲れたので対外関係の仕事を整理しました。今は山梨県の最高顧問をしています、といって名刺を差し出された。 一寸、寂しそうなお顔であった。

 日本人男性の平均寿命よりはまだまだお若かったのに国際的に活躍のできるアルジェリアの友人を失ったのは真に残念である。

 心からのご冥福をお祈りいたしたいと思う。               合掌

JAC-Meeting