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『北アフリカ・イスラーム主義運動の歴史』
私市正年(白水社、2004年12月刊)

磯直樹(一橋大学大学院社会学研究科・在学)

 本書を読み終えた人が感じることの一つは、そのタイトルが地味なものであることではないだろうか。それは確かに「北アフリカ・イスラーム主義運動の歴史」を扱った著作である。しかし、本書における議論の射程はそれよりもはるかに広く、イスラーム世界の全体を見据えた鋭い洞察が行われている。著者が序文(「はじめに」)で述べるとおり、本書で主として扱われるマグリブ3カ国は「中東諸国の主要な3つの政治体制の型を代表しており、それら相互の比較はイスラームと国家の関係を一般的に議論することを可能にする」。また、2001年の「9.11」以後の拡散するテロ事件及びイスラーム諸国の民主化の挫折をイスラーム主義運動の一つの到達点として捉える著者は、本書におけるマグリブ3カ国の事例をとおしてイスラーム主義運動の「到達点」の意味を考察した上で、イスラーム諸国の政治社会の抱える困難を示している。

 本書においては、第一部では前近代のイスラーム政治運動、第二部では現代のイスラーム主義運動、第三部ではイスラーム主義運動の「熱狂と挫折」の過程が取り上げられている。第二部と第三部とが時間的に近接しているのに対し、第一部は数世紀にわたる時間の隔たりがある。そこで明らかにされるのは、中世から近代にかけてのイスラーム世界における連続性と断絶性の両面である。これによって、読者はイスラーム主義運動の歴史性を(改めて)認識するとともに、イスラームへの誤った本質主義的な理解を避けることができるはずである。著者の一貫したスタンスは、特定の権力者や指導者の観点からのみではなく、「民衆」の視点からイスラームを論じようとしていることにある。このようなアプローチが採用されることにより、現代のイスラーム主義運動の担い手としての民衆についての私たちの理解を助けることになるだろう。

 本書のもとになる情報は、アラビア語、英語、フランス語による豊富な文献・資料から渉猟され、日本の先行研究にも丁寧な目配りがされている。本書はまた、所々で複雑な行政機構や政治組織を図表にして示しており、固有名詞を乱立させて読者の混乱を招くことを避けることに成功している。情報量が豊富な上にその整理もよくなされているため、マグリブ地域やイスラーム主義運動を専門にしない読者でも、本書は難なく読み進めることができるはずである。

 本書の結論部分において、著者は近年の北アフリカのイスラーム主義運動が、少なくとも社会運動としては挫折したと述べている。その主な理由として3つの要因が挙げられているが、それは広くイスラーム世界全体を射程に入れた考察である。著者の見通しによれば、今後のイスラーム主義運動の行方は不透明であり、イスラーム諸国の政治体制は危機的な状況にある。これらの当事者及びこれらに関心を抱く者にとって、それでもなお現実を直視し、未来を構想していかなければならない。そのためには、各々の辿ってきた道を振り返ることがまずは必要になるだろう。本書はそのような目的にあって、きわめて示唆に富む議論を展開している。グローバルに展開するイスラーム主義運動について、あるいはイスラームの政治社会一般について関心を持たれる全ての方に本書の一読をおすすめしたい。